【第1章】メカとエレクトロニクスを融合「メカトロニクス企業」へ
― 貴社の事業概要と、現在(2025年6月)のご状況を教えてください。
メトロールは高精度工業用センサの専門メーカーです。精密位置決めに特化した製品を、開発から製造、販売まで一貫して手がけており、現在は74ヶ国・7000社以上とお取引きがあります(2025年6月取材時点。2026年11月現在は80ヶ国・1万2000社以上)[1]。工作機械や産業用ロボットなどの自動化に貢献するセンサとして、グローバルでご評価いただいています。
佐野さんに7年前に取材していただいた頃(2018年11月)、メトロールはメカニカルな構造で精度を追求していました。現在もその技術は継続していますが、「空気圧の変化を電気信号に変換する」「電圧のわずかな変位量を検知する」「コードレスで無線通信によって信号を伝達する」といった要素が加わっています。つまり、メカ設計を軸にしつつ、エレクトロニクスやソフトウェア領域を融合させた「メカトロニクス企業」へと進化しているところです(2025年6月取材時点)。
従来では、ノギスやマイクロメータで「一点」を測る一次元的な測定が中心でした。しかし、現在では「縦・横・高さを3次元的に測定する」「空気圧の変位量で内部構造を測る」「電気信号でわずかなズレを検知する」「無線で信号を飛ばす」といった複合的な測定技術により、三次元の精密計測が可能になってきました。次世代製品として、このような三軸の高精度センサの開発・販売も進めています。
― 技術が大きく進化する中、社内ではどのような変化が起きていますか。
技術が進化するには、それを担う人材の多様化と融合が不可欠です。例えば、メトロールでは、メカ設計に強いベテランと、新たに加わったエレクトロニクスやソフトウェア出身の人材といった異なる専門性や世代が混在する中で、いかに相互理解を促進できるかが課題でした。そこで、私は社内コミュニケーションの軸として『NVC(ノンバイオレンスコミュニケーション)』と『PCM(プロセスコミュニケーションモデル)』を導入しました。
NVCはお互いのニーズや感情を言語化し、共感的に対話を進めていく手法です[2]。一方、PCMは、心理学的研究をもとに自分と相手のパーソナリティ傾向を理解し、コミュニケーションスタイルを調整するモデルです[3]。どちらも、技術的な連携やイノベーションに欠かせない「言葉の精度」を高めると言われています。
― これらの仕組みを取り入れた背景には、どのようなご経験があったのでしょうか。
もともとは、私と息子との関係を改善するために取り入れました。私は50代後半の頃に株式も経営権も譲りましたが、息子とはなぜか噛み合いませんでした。私にそのつもりがなくても、息子には「社長であり父親でもある」という存在が重くのしかかっていたのだと思います。私は早く退いて遊びに行きたいんですが(笑)、そんな気軽に捉えてもらえなかったんです。NVCを導入してこのギャップを見直したおかげで「同じ景色を見ても、見え方は違う」と自然に受け止められるようになり、関係も再構築できました。この成功体験を、社内全員の対話の質向上にも活かしています。
【第2章】競争優位の裏に「大手にできない柔軟な応用力」
― メトロールの競争優位性について教えてください(2025年6月取材時点)。
弊社の強みは、機械式・電気・空気圧という異なる3つの技術を融合させた製品設計にあります。一般的な製造業では分野ごとに専門が分かれていますが、私たちはそれらを横断して新たな価値を生み出しています。例えば『工具長測定センサ』は油や熱にさらされる工作機械の内部でも使えますし、『半導体装置用センサ』は高温環境でも不純物を含んだガスを発生することなく安定的に動作します。
最近では、宇宙探査機や宇宙用作業ロボットを製造するヨーロッパやカナダのメーカーから「放射線に晒される宇宙空間でも使える精密位置決めセンサを作ってほしい」とご相談いただきますね。宇宙では、放射線の影響で、アンプ(電気回路)や一般的な樹脂・ゴム製のコードを有する電気式センサは壊れてしまうため、放射線に対して耐久性と信頼性のある素材で設計された精密機械式センサが求められます[4]。このように、お客様のリクエストに応えて試作と量産に対応できることが弊社の特徴です。
― 74ヶ国・7000社以上と、グローバルに対応していらっしゃいます(2025年6月取材時点。2026年11月現在は80ヶ国・1万2000社以上)[1]。
はい。公式サイトでは日本語、英語、中国語での対応に加え、製品の情報や資料、動画を常に更新しています。実は1990年代から海外向けのECサイトを独自に立ち上げ、クレジットカード決済や国際宅配と組み合わせたオンライン販売にも着手していました[5]。インターネット通販がまだ黎明期だった時代です。
― 業界全体としては、どのような課題がありますか。
機械がどれだけ高速・高精度に稼働しても、最後に検査工程で人の手が入ると、全体のスピードもそこで止まります。特に、自動車業界では不良品を1つも出してはいけないという要求が強いため、ノギスで外径、ピンゲージで穴の内径を測るという手作業で万単位の部品を全数検査をしていました。今の時代にこれをやらせたら、社員は全員辞めてしまいますね。
そこで、私たちは加工中に工作機械が自動的に内径・外径をチェックするセンサを開発しました。赤い玉が対象に触れて寸法を確認し、50個単位で判定を行います。1つでも不良品が出たら、そのロットだけを除外します。人の手が減ることで検査負荷が下がり、結果的に工場全体の生産性が上がります。
― お客様のニーズも変わってきているのですね。
自動車・精密機器・医療・宇宙などのお客様は、製造の効率化だけでなく、検査や材料投入までを含めて「人手が不要な仕組み」を求めています。ソフトウェアで制御されたマシンが24時間稼働し、品質を自律的に確保する。そのニーズに応えるには、メトロールのセンサが欠かせません。
また、弊社は少量多品種に対応できる体制を持っています。宇宙探査機用のセンサを1個から数百個、全て異なる仕様で納品することもあります。完全自動化された大手メーカーでは、こうした柔軟性は出せません。例えるなら、私たちは「裸のリカちゃん人形」を自動で作り、その後の着せ替えを人の手で行うようなものです。お客様のご要望に合わせて1万とおりのカスタマイズをするんです。製造現場に「人による手作業」と「遊び」を残すことで、求められるものをお届けしています。
【第3章】「おじいちゃん ✕ 若手」で主力製品をアップデート
― 現在、メトロールで注力している製品や技術を教えてください。
現在開発中の空圧式ギャップセンサ『DPA2シリーズ』は、2025年内のリリースを目指しています(2025年6月取材時点。その後、2026年4月に発売されました)[6]。他社の空圧センサは空気圧の上下を捉えて「圧がある・ない」を判断する程度でしたが、メトロールのセンサは1000分の1ミリ単位の密着を検知できる高精度を誇ります。
これにより、加工時にチャッキングされたワークの間に切粉が入り込んで生じたわずかな傾きも見逃さず、「密着OK」と判断された瞬間に機械を稼働できます。さらに、このセンサは、iPhoneの背面ロゴのような微細な加工を施す研削盤の分野にも応用されています。従来、熟練職人が手の感覚で行っていた研磨作業を、非接触の空気で自動的に位置を検知して完全自動化ができるようになります。
― ニーズをどのように製品開発へ繋げていらっしゃいますか。
発端は、ある注射針メーカーからのご相談でした。針の先端に削りカス(バリ)が残ると、刺す時に痛みが出てしまいます。そこで、表面を滑らかにする必要がありますが、その仕上げ作業は長年職人の手に委ねられていました。「職人の高齢化が進んで代わりがいない。自動化できないか」とご依頼いただき、空圧センサを用いた非接触の仕組みを提案しました。
この技術は岡本工作機械製作所と共同開発を行い、ドライブシャフトの研磨に使われる国内最大手の円筒研削盤メーカーの製品にも導入されています。砥石が接触して削れてしまうリスクがある箇所でも、空気を当てるだけで、回転している砥石の加工点で正確な位置が分かります。まさに、人の感覚を超えるセンサなんです。
― こちらのセンサは、どなたが開発したのでしょうか。
初号機の開発者は、75歳でメトロールに入社した技術者、本庄さん(通称:おじいちゃん)です。彼は80歳でこの空圧センサを完成させ、新卒で入社した2人の若手社員にバトンを託しました。初号機は完全なアナログ仕様でしたが、若手2人が圧力変換素子を導入し、5年かけてボタン操作、10年かけてデータ表示と数値出力ができる現代版へと進化させました。精度は従来の20倍に向上しています。2025年にはこの技術で『知財功労賞 特許庁長官表彰』も受賞しています[7]。開発初期からお客様の製造現場でプロトタイプを運用しつつ、自社で3回の改良を加えて洗練させていきました。
― おじいちゃんと孫のような「シニア ✕ 若手」の共創が印象的です。
私の父が東京精密で部長だった頃、おじいちゃんは新入社員でした。そんな彼が75歳の時「もう一度ものづくりがしたい」とメトロールの門を叩いてくれたんです。エアマイクロという測定器の開発経験が役に立てられると思う、と。ならば、おじいちゃんと電気に詳しい若手2人をチームにしてみたらどうか、と空圧センサの開発に着手しました。
そこに、上下関係や年齢差は存在しませんでした。アナログのベテランと電気に強い若手がフラットに議論を重ね、お互いの得意分野を補完しながら、製品と人間がともに進化していきました。その対話が、今日のイノベーションの源泉になっています。
【第4章】「私に似ているのはミノカサゴ」。海で魚と対話
― この章では松橋さんの素顔について伺います。松橋さんはまとまったお時間が取れた時、どのように過ごしていらっしゃいますか。
スキューバダイビングが好きで、海に潜りに行きます。30歳の時に免許を取ったのに長らくやっておらず、60歳で再開しました。私には孫が3人いるので、レクリエーション担当としてNPO法人『はたけんぼ』で田植えをしたり、海に行ってシュノーケリングをしたりしていましたが、だんだん私自身が楽しくなってしまった。63歳の時に再履修して、ダイビングの免許を更新したんです。
海に潜ると、人間以外の生き物に出会えますよね。それに、酸素ボンベを点検しながら潜るので、余計なことを考えずに済む。今では毎月2回、仲間やコーチと一緒に潜っています。年内に200回を達成する予定です。
― 普段、どちらの海で潜っていらっしゃいますか。
伊豆が多いですね。スキューバダイビングでは、小さな魚やウミウシをマクロに撮る人や、沈没船を見るのが好きな人もいますが、私は魚の群れがさまざまな形を作って泳ぐ姿を見るのが好き。海の中って、まさに多様性の世界。沢山の面白い生き物が共存していて、陸とは比べものにならないくらい、さまざまな色の世界が広がっていて美しい。
― 人が潜っていると、お魚たちは怖がったり警戒したりしますか。
魚にも性格があって近づいてくる魚もいれば、怖がって逃げる魚もいます。自分を見ているようだと思うのは、ミノカサゴ。1匹で人に寄ってきて、全く怖がらないんです。調子に乗って触ると刺されます(笑)。
― 宿泊してスキューバダイビングをしに行く時もありますか。
はい、四国や沖縄にも行きます。荷物が20kgほどあるので先に送って、早朝から海に潜る準備をしています。一日体を動かすから、夜は綺麗な魚を思い出しながら熟睡できます。それから、ダイビング後は減圧症のリスクを避けるために、24時間空けてから飛行機に乗るようにしています[8]。
― 松橋さんのfacebookには、お魚のお写真が沢山掲載されていますよね。
そうですね。そういえば、スキューバダイビングを始めてから、釣りはやめました。やっぱり、魚がかわいそうになってしまって。釣りでは目的以外の魚が釣れると「外道」と言って海にポイッとするんですが、小さな魚たちが海中で仲良く生きているのを見てから、やる気がなくなりました。
【第5章】社員の「ありのまま」がイノベーションの源泉
― DXやスマートファクトリー化、ロボティクスの潮流が言われる中、メトロールが注力したい戦略をお聞かせください。
実は、メトロールのDXはかなり進んでいて、取材される機会も増えています。とはいえ、クラウドやロボットは「手段」にすぎません。論点は、DXによって人間の時間と心のスペースをいかに作るか。つまり、共感と対話の時間を取り戻すことが本質的なDXです。これからの時代、ルーティンワークは自動化できます。でも、組織の中で起きる対立や分断は、ツールでは解決できません。そこで、私たちは心理学的なアプローチにも取り組んでいます。
先述のPCM(プロセスコミュニケーションモデル)に言及すると、人はそれぞれ異なる性格や価値観を持っているのに、社会に適応する過程でそれらを見失うことが多いです。PCMによって、それらを再認識するだけでなく「願いは何か」「こんな願いがあるからこうなった」をお互いが聴けるようになると有機的な関係を築けます。表面的な行動にとらわれず、真意や感情に寄り添った思いやりの対話が生まれるんです。
見えるものが違うことを非難し合うのではなく、その視点を融合するようなイメージです。「君には赤に見える」「私には黒に見える」「だったら黄色かもしれないね。実験してみようか」と前進することがイノベーションに繋がります。
― 若手育成や世代交代については、どのようにお考えですか。
若い世代が「ありのまま」でいられることが大切です。上司に気を遣って本音が言えなかったり、評価が怖くて無理したりするのではなく、自分の持っている強みも弱みも認め合える安心安全な環境であれば、力まずともイノベーションは起きると考えています。会社としては、そのための土壌づくりを進めます。
― 社長業のバトンタッチについては、いかがでしょうか。
私は3年後の70歳までに、正式に息子へ社長業を引き継ぎたいと考えています。組織には営業・開発・製造という職能の違いもあれば、正社員・パート・派遣など雇用形態の違いもあります。それぞれの持ち場を尊重しながら、いかに連携して次のステージへ進むか。今はまさに、その変化を実験しています。
それに、3代目の息子が立ち上げたYouTube『メトロールTV』も、新たなメディア戦略の一つです。世代が変わると世の中への発信スタイルもこんなに違って、面白いですよね。
― こちらをお読みになっている経営者やビジネスパーソンの皆さんへメッセージをお願いします。
「自分が生きている間に、どんな体験をしたいか」に正直になってほしいです。「国がこうだから」とネガティブなニュースを嘆いても、私たちは1票投じることしかできません。それよりも、自分の影響力を及ぼせる範囲で、皆さんがいきいきと活躍するための施策を考えるほうが良くないですか。
加えて、共感とは、相手の感情を受け止めるだけでなく、自分自身のニーズにも忠実であることです。自分を犠牲にして相手を優先するだけでなく、対等な関係で「私はこう思う。あなたはどう思う?」と話し合える空気をつくってほしい。それこそが、持続可能な組織や社会の土台だと考えています。
― 松橋さん、お話をお聞かせいただきありがとうございました。
【エピローグ】
佐野: 誠実な方で、ご自分を犠牲にして相手を立ててしまう方もいらっしゃいますよね。
松橋:それは生存本能ですね。幼少期などに、そうせざるを得なかった経験をしていらっしゃるかもしれませんね。それを取っ払い、ご自分の「本当にやりたいこと」をやるんです。もしかしたら、大企業で安定した給与をもらっていても「充実していない」と悩む方は、スタートアップに行ったら思いがけないやりがいを見つけて活躍できるかもしれません。